『演劇と教育』(第701号)

日本演劇教育連盟編集の機関誌、『演劇と教育』の第701号(2018年1+2月号、晩成書房)を、読みました。

わりと面白かったです。とくに、2つの実践記録。綿井朋子の「表現はコトバを超える-全国高校生手話パフォーマンス甲子園出場実践報告」(奈良県立ろう学校演劇部の実践記録)。

そして、佐藤ようすけの「『わたしのお日さま体操クラブ』上演までの記録」(劇団「はなまる」-知的障害を持つ子と親の劇団の実践記録)。

いま、「健常者と障がい者がともに携わる演劇」について、関心をもっているので、興味深く読みました。

また、2つの記事。松本信弘の「舞台芸術科の授業について」(埼玉県立芸術総合高等学校舞台芸術科の教育課程の紹介)。

井原法子の「演劇的手法を使った詩の授業-ゲストティーチャーと連携して-」(世田谷区の中学校が、世田谷パブリックシアターと一緒におこなった授業記録)も、興味深く読みました。これからの展開が楽しみです。

『演劇と教育』には、これらのような実践や新しい試みを見つけだして、記録や紹介記事を掲載して、広めていってほしいと思います。

『まんがで知る 教師の学び3-学校と社会の幸福論』

前田康裕のまんがで知る 教師の学び3-学校と社会の幸福論』(2018年、さくら社)を読みました。

著者の『まんがで知る 教師の学び-これからの学校教育を担うために』が、わりと面白かったので、『まんがで知る 教師の学び2-アクティブ・ラーニングとは何か』とともに、購入しておいたものです。

著者は、熊本市の教育センターでの教員指導に加え、先駆的な実践やICTの活用など多彩な教育活動で知られ、現在は熊本大学教職大学院准教授。熊本市立向山小学校教頭時代に熊本地震で被災され、本書では勤務校が避難所になった体験も描かれているということです。

「大人気シリーズ第3弾。働き方改革、新学習指導要領、カリキュラム・マネジメント、学校と社会の連携など、今注目のテーマについて、知っておくべきキーワードや知識が、まんがで分かりやすく学べる」ということでした。

パラパラと見たら、熊本の震災にかなりのページを割いていて、「購入して、失敗だったかな」と思ったのですが、ストーリー性があり、1週間で一気に読めました。最後は、感動しました。

ふだんの私は、1人で研究をしているのですが、「学校や社会といった組織で、共通の目標に向かって、まとまって、活動するのも悪くないな」と思いました。

『演劇と教育』(第700号)

日本演劇教育連盟編集の機関誌、『演劇と教育』の第700号(2017年12月号、晩成書房)を、読みました。

1954年10月の創刊。通算700号というのは、すごい数字です。演劇が教育課程にきちんと位置づけられていないなか、毎月、機関誌を編集してきた委員や出版社は、誇っていいと思います。敬意を表します。

ただ、来月号からは、月刊でなく、隔月刊になるということ。「無理のない刊行周期となるのかなあ」と思いつつ、「もし原稿が溢れていたら、隔月刊にはならないだろう。ある意味で、組織としての活動の衰退か」とも思います。

まあ、読むペースが刊行に追いつかなかった私としては、いいことかもしれませんが。

それから特集は、「これからの演劇教育」。小学校、中学校、特別支援学校の教員、大学の研究者が、原稿を寄せていました。

それぞれの気持ちは伝わりましたが、未来に向けての斬新な演劇教育のヴィジョンを、受けとることはできませんでした。

それでは、私に何ができるのか。私は何をするべきなのか。自問自答は、続きます。

『まんがで知る 教師の学び2-アクティブ・ラーニングとは何か』

前田康裕の『まんがで知る 教師の学び2-アクティブ・ラーニングとは何か』(2017年、さくら社)を読みました。

著者の『まんがで知る 教師の学び-これからの学校教育を担うために』が、わりと面白かったので、続編を買いました。最近の学習指導要領の記述に、追いつきたかったというのもあります。

著者は、1962 年、熊本県生まれ。熊本大学教育学部美術科卒業。岐阜大学教育学部大学院教育学研究科修了。公立小中学校教諭、熊本大学教育学部附属小学校教諭、熊本市教育センター指導主事、熊本市立向山小学校教頭をへて、熊本大学教職大学院准教授。

「今回は間近に迫る新学習指導要領の内容をテーマに、今知っておくべきキーワードや改訂のポイントを驚くほどわかりやすく解説」ということです。

漫画では、さまざまな小学校教師がでてきます。研究指定校での会議ややりとりも、いかにもありそうなかんじです。読んでいて、興味深かったです。

「一斉授業、協同学習、ICT授業の手法のちがい」、「カリキュラム・マネジメント(学校教育目標を実現するために、教育課程を編成し、それを実施・評価し、改善していくこと)」といった用語の復習もできたし、「アサーション(自分も相手も大事にする自己表現)」といった用語などの新しい学びもありました。

ただ、活字の本にくらべると、記憶に残りづらいかんじもします。

『演劇と教育』(第699号)

日本演劇教育連盟編集の機関誌、『演劇と教育』の第699号(2017年11月号、晩成書房)を、読みました。特集は、「演劇教育を学ぶ 2017-全国演劇教育研究集会報告」。

大学生の頃は、全劇研に、毎年のように参加していましたが、この10年くらい、参加していません。教えている大学の成績提出の締切りと重なるというのが、おもな理由です。

参加している人のほとんどが、小中高の教員で、研究者として参加すると、少なからぬ疎外感をかんじるというのもあります。

昨年度は、日本演劇教育連盟創立80周年ということで、宮城・登米とか、滋賀・草津でも、全劇研が開かれたようですが、宿泊費や交通費、講座費用を払ってまで、参加しようという気にはなりませんでした。

私が変わったのか。それとも、演教連や全劇研が変わったのか。私は演教連に、どのように貢献できるのか。いろいろと考えながら、読み終えました。

『演劇と教育』(第698号)

日本演劇教育連盟編集の機関誌、『演劇と教育』の第698号(2017年10月号、晩成書房)を、読みました。

特集は、「すべてはごっこ遊びから!?」。2番目に、「実践からの提起」が載っていたのですが、読んでいて、すこし違和感を覚えました。

実践記録としてまとめるべきものを、研究論文の書式で書いているので、どっちつかずで、読みづらいのです。実践記録と研究論文は、重なる部分もありますが、目的、想定する読者、書きかたもちがうものです。

それから、「冨田博之記念 演劇教育の記録(実践・研究)」の募集が、応募数減少のため休止というニュース。(この3年で、1篇だけの応募とか)。私も2回応募して、両方とも落選しているので、ちょっと感慨深く読みました。

いまでは、「実践記録を応募するところに、研究論文を送ってしまった」と納得していますが、当時は、ショックでした。「2か月間、自宅に籠って、なんのために身を削りながら、書いたのだろう」と、茫然としたものです。

賞には、特別秀でた作品を表彰するものと、新しい担い手を育てるものがあります。この賞は、後者として始まった気がするのですが、過去の選考経過を読むかぎり、前者でした。「もうすこし寛容であれば、もっと新しい書き手が育ったろうに」と、思います。

『児童・青少年演劇ジャーナル げき』(第17号)

児童・青少年演劇ジャーナル〈げき〉編集委員会編集の雑誌、『児童・青少年演劇ジャーナル げき』の第17号(2017年、晩成書房)を、読みました。

巻末の戯曲以外は、すべての記事に目を通しました。あいかわらず、読みごたえがあったし、読んでいて面白かったです。

執筆者も、学校の教員から、児童青少年演劇劇団関係者、研究者まで、いろいろな団体の垣根を越えて集まっていて、いいなあと思いました。

特集は、「子どもと演劇の今」。興味深かったですが、座談会やフォーラムの記録が、すこし長いのが、気になりました。14-16頁にわたっていて、読むことを仕事にしている私でも、一気に読めません。

小特集は、「乳幼児と舞台芸術」。関心を持つ人が増えてきて、実践も増えてきています。「少人数の観客を対象にした演劇なので、公的助成がないかぎり、実践は難しいだろう」と思っていたのですが、いい意味で、予想が裏切られています。

あと、「新しい実践をおこなっている人は、時間もつくって、文章も書いているなあ」と思いました。連載の締切りに間にあわなかった、自分の至らなさを反省します。

『演劇と教育』(第697号)

日本演劇教育連盟編集の機関誌、『演劇と教育』の第697号(2017年8+9月号、晩成書房)を、読みました。(読み終わったのは、かなり前なのですが、感想をアップしていませんでした)。

特集は、「子どものための脚本 2017」。小学生の劇づくりの座談会と、中学生向けの脚本が2本、載っていました。

私は、演劇教育を研究していますが、長い脚本を書いたことはありません。カナダのトロントで、小学6年生に日本語を教えていたとき、学芸会用のみじかい脚本を書いたくらいです。

この雑誌も、脚本は基本、読みません。「たぶん、書きはじめたら、嵌まるんだろうなあ」とは思うのですが。

そうそう、私の書いた、「アシテジ(南アフリカ)世界大会参加報告」も、載せてもらいました。ありがたいです。

『子どものしあわせ』(第803号)

日本子どもを守る会編集の雑誌、『子どものしあわせ 』の第803号(2018年1月号、本の泉社) を、ざっと読みました。

日本子ども守る会は、1952年に誕生。「児童は人として尊ばれる」とうたった児童憲章が制定された翌年のこと。初代会長は長田新。

当時は朝鮮戦争の最中。米軍の前線基地となっていた日本の子どもたちは、生活・教育・文化・福祉・健康・環境のすべてにわたって、児童憲章が踏みにじられる状況下にあった。

この現実を黙視できないと、親や教師はもちろん、広範な顔ぶれの人々が結集し、思想・信条のちがいをこえて、子どもの人権と平和を守る国民的な運動を進めてきたそうです。

今回の特集は、「世界の子どもたち-フィンランド・韓国・南アフリカ」。

私が翻訳した、「子どもたちの生活と芸術をつなぐ-南アフリカの子どもたちと演劇活動」(イヴェット・ハーディ、アシテジ会長)も載っています。4頁ですが、自分の仕事がかたちになるのは、うれしいものです。

『カナダ研究年報』(第37号)

日本カナダ学会の紀要、『カナダ研究年報』の第37号(2017年)を、読みました。めずらしく、通読しました。

興味深かったのは、荒木隆人による論文、「ライシテと『ケベック価値憲章』に関する考察-歴史文化的遺産と宗教的シンボルをめぐる論争を通じてー」。

「ライシテ」とは、「フランスにおける、政教分離、良心と信教の自由、国家の中立性、モラルの対等性などの原則、政策」です。

フランス語文化が強く維持されている、カナダのケベック州で、「開かれたライシテ」という思想が、どのように広まっているか、「ケベック憲章」(ケベック州議会で提案されたものの、廃案となる)をめぐる議論から、分析しています。

カナダのある州で、公務員が勤務中に職場において「あからさまに」宗教的シンボル(ユダヤ教徒のキッパ、イスラム教徒のターバンやブルカ、キリスト教徒に関係する「大きな」十字架など)を着用することを禁じるか否かという問題は、日本から見ればそれほど大事なことかとも思います。

ただ、その分析から、「政治と宗教」、「多様性と公平性」、「ケベック州の特殊性」といったテーマが、浮かびあがってきます。たぶん、これが研究者の仕事なのでしょう。

それにしても、日本にいると、カナダの情報が、なかなか入ってきません。そのために、こういう学会があるのだろうなと思いました。