『余命1ヶ月の花嫁』

かなり前ですが、アマゾン・プライムで、パソコンの画面で、無料の映画、『余命1ヶ月の花嫁』(2009年)を見ました。

入院していた叔父の看護をしていた期間(昨年の6月から9月)、唯一見た映画だと思います。疲れ切ったなかで、その題名に魅かれるようにして見ました。

テレビのニュース番組でとりあげられて、話題となり、映画になったことは知っていました。「売名行為、お金目当てでは」といった、中傷があったことも聞いていました。

イベントコンパニオンとして働く長島千恵は、ある展示会場で知り合った会社員・赤須太郎から交際を申し込まれた。乳がんと診断されていた千恵は、悩みながらも交際をスタートさせることに。

しかし数ヵ月後、自分の病気のこと、そして胸を切除しなければならないことを告白。太郎に別れを告げたまま、姿を消してしまう。

千恵を追って屋久島にたどり着いた太郎は、「俺は変わらない。一緒に頑張ろう」と彼女に伝える。その言葉に動かされ、千恵は再び太郎と生きていくことを決意するが・・・というストーリーです。

もう途中から、ぼろ泣きでした。とくに、友人たちがサプライズで、結婚式を挙げるシーンは、涙が止まりませんでした。

映画や小説で、これだけ泣いたのは、『世界の中心で、愛をさけぶ』、『いま、会いにゆきます』、『君の膵臓をたべたい』以来かもしれません。主演の榮倉奈々、瑛太は、よかったです。

人間は、ときに砂漠で水をもとめるように、映画や小説や演劇を欲するのかもしれません。

『定年ラジオ』

かなり前ですが、上柳昌彦の『定年ラジオ』(2018年、三才ブックス)を読みました。昨年の6月、叔父の入院手続きの待ち時間などに、まとめて読んだ気がします。

私は、ラジオのニッポン放送のヘビーリスナーです。なかでも、高嶋秀武、上柳昌彦の落ち着いた語り口が好きで、2人が朝の情報番組をやっていた頃は、ラジオレコーダーでタイマー録音をして、くり返し聞いていました。

ラジオ・チャリティー・ミュージックソンの電話受付ボランティアをしたときに、たまたま著者と隣りあわせになり、「いつも聞いています」と、挨拶をしたこともあります。

その上柳の初の自伝的エッセイということで、図書館で借り、期待して読みはじめました。

著者は、1957年生まれ。1981年ニッポン放送入社。『オールナイトニッポン』『FAN! FUN! TODAY』『テリーとうえちゃんのってけラジオ』『うえやなぎまさひこのサプライズ! 』『上柳昌彦のお早うGoodDay!』『上柳昌彦 ごごばん!』等、数多くの人気番組のパーソナリティーを担当。

現在は『上柳昌彦 あさぼらけ』『金曜ブラボー。』『笑福亭鶴瓶日曜日のそれ』に出演。2004年、第41回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。2017年、ニッポン放送を定年退職。退職後もアナウンサーを続けているということです。

高嶋秀武の『高嶋ひでたけの読むラジオ』とちがい、ラジオよもやま話というより、ひとりのサラリーマンとしての自伝でした。私の大学時代からの人生とあわせながら、楽しく読むことができました。

ちょっと意外だったのは、笑福亭鶴瓶から、強い影響を受けているということ。(ちなみに私は、鶴瓶のラジオやテレビの番組は、好きではありません。薬にも毒にもならない話ばかりなので)。

「言語教育研究会」 第28回研究会

かなり前ですが、10月26日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第28回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は10人。新しい参加者は、千葉市放課後子ども教室連絡協議会、千葉市学校教育審議会委員、轟町小学校学校評議員などをしている方でした。

前半は、自己紹介から。「学童保育で、ポケモン図鑑を、すらすら読む子どもに、びっくりした」とか、「不登校の子どもでも、好きな遊戯王デュエルモンスターズのカードゲームは、すらすら読む」といった体験談が、共有されました。

どういう流れだったかは忘れましたが、「マニュアルを読んで、ラブレターを書いても、生きた言葉にはならないでしょう」という、首藤先生の発言も記憶に残っています。

次に、テキストの28ページを読みました。「学習と言語に対する敬意と理解は、教育に対する敬意と理解に、合致する」ということです。なるほどと思いました。

休憩をはさんで、後半は、参加者の講談の披露、ミニセミナーからはじまりました。「落語は、聴いてもらう前提ができている。多くは、匿名の登場人物のセリフで進める」

「それに対して、講談は、聴いてもらうことから始める。多くは、歴史上の人物など、実在の人物や起こった事件を、心理描写もまじえて、面白おかしく伝える。ト書きも多い。お坊さんの説話が元」ということでした。

それから、すこしテキストを読みました。「ホールランゲージの教員は、自分たちをプロだと思っている。彼らは仕事を進めるうえで、常に知識の科学的根拠を参照する」ということです。

「ホールランゲージにおいては、言語や学習や子どもに対する、敬意や理解や愛情が、共通の理念としてあるようだ。それに科学が加わるのが、興味深い」と、思いました。

その他、感想と質疑の共有では、「職場の仕事をしない主任との関係で、悩んでいる」という発言もあり、先輩の参加者からの助言もありました。

楽しい学びの時間でした。

「言語教育研究会」 第27回研究会

ちょっと前ですが、8月31日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第27回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は8人。新しい参加者は、小学校の教員から、いまは図書館勤務をしている方でした。

最初の2時間は、テキストの28ページを読みました。「読み書きは、ダイナミックで、建設的な過程である。読み手は、書き手のテキストを理解するために、自分の知識や価値や経験をくわえていく」ということです。

首藤先生いはく、「たとえば、『牛』という言葉から、多くの人は、白と黒のまだらの牛をイメージするけれど、黒い牛や赤い牛をイメージする人もいる」ということでした。

「読みは、推論と再創造。頭の中で、映画をつくるようなものかもしれない。脚本が同じでも、監督によって、映画は変わってくるでしょう」。なるほどと思いました。

また、「テキストは、本物でなくてはならない。語彙表やフォニックスの順序にあうように、作りあげるべきではない」とありました。

首藤先生いはく、「日本の学校の英語指導助手に、フォニックスを教える人もいるけれど、あれはよくないね」ということでした。

次の2時間は、お団子や京都のお土産の八つ橋を食べながら、自己紹介と近況報告、質疑応答でした。

「学校の国語の授業を変えるには、学力テスト、高校や大学の入学試験を変えるしかないのでは」という問題提起がありました。

首藤先生いはく、「国語のテストや入試は、なくていいと思う。国語は、内容教科でなく、実技科だからね」ということでした。

その他、探求する(調べる)ことについて、書写の授業の臨書の是非についての説明もありました。首藤先生いはく、「探求すると、時間がかかるけれど、新たな気づきもある」、「臨書は、基本的に反対」ということでした。

楽しい学びの時間でした。

「演劇鑑賞教育を考える会」(先生方と劇団の交流会 Vol.15)

7月28日(火)は、新宿のこくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(旧名称 全労済ホール) で、劇団風の子の『スクラム☆ガッシン 準備完了! 第2号計画’』を見たあと、ロビーで、「演劇鑑賞教育を考える会」(先生方と劇団の交流会 Vol.15)がありました。

主催は、日本児童青少年演劇協会、日本演劇教育連盟、日本児童・青少年演劇劇団協同組合(首都圏演劇鑑賞教室委員会)。学校の教員、児童青少年演劇劇団の関係者が、同じ演劇作品を鑑賞し、そのあと、情報や意見を交換しあうというものです。

私は、3回目の参加でした。参加者は、20人くらい。教員と劇団関係者の割合は、ほぼ5:5。長さは、2時間の会でした。

今回は、最初の自己紹介で、劇を見ての感想を話し、問題提起をしました。

「今日の劇は、とくに学芸会を控えた小学校の演劇鑑賞教室としては、最適かもしれない」

「演劇鑑賞教室は、学校の教育課程とは別に、芸術性の高いものを提供する場合と、学校の教育課程に合わせたテーマや内容のものを提供する場合がある。今回の劇は、その中間に位置していたのではないか」

「どちらがいいとは一概に言えないが、検討すべきテーマであるとは思う」

ただ、話しあいは、「学校の教員、児童青少年演劇劇団の関係者のつながりを、どう確保するべきか」というテーマで、進みました。

そのなかで、「劇団風の子がやっている、鑑賞教室とあわせての学芸会指導」は、新しい可能性をもっているのではないかと思いました。プロの助言がはいると、子どもたちの劇が大きく変わることもあるそうです。

『スクラム☆ガッシン 準備完了! 第2号計画’』

ちょっと前ですが、7月28日(日)は、招待をいただいて、新宿のこくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(旧名称 全労済ホール) で、劇団風の子の『スクラム☆ガッシン 準備完了! 第2号計画’』を見てきました。

開演30分前に着いたので、まず、地下ギャラリーで、「記念展示 大いなる樹 ~プーク90年の歩み~」を見ました。戦時下での検閲を受けながら、活動範囲を広げ、新宿に現代人形劇の専門劇場をつくった、人形劇団プークは、すごいと思いました。

また、人形劇といっても、糸操り、両手・片手遣い、棒遣いなど、いろいろなやり方があることを、学びました。

次に、劇団風の子。1950年、戦後の東京の焼け野原の中で、子ども会や子ども文庫の活動をしていた多田徹を中心とする若者たちによってはじめられる。

「子どものいるとこどこへでも」を合言葉に、百数十名の劇団員がいくつかの班にわかれ、北海道から沖縄まで、文字どおり子どものいるとこどこへでも出かけていって公演を続けてきたということです。

私は1年前に、『陽気なハンス』を見たことがあります。体育館をうまく使った劇でした。 

今回の劇は、小学4年生の男子4人と女子がひとり、そんな5人の物語。自分たちでつくったひみつ基地がマンション建設のため壊された。くやしくて、皆、走って走って走って、着いたところは橋の下。「新しいひみつ基地をつくるまでは、ここを集まる場所にしよう」

そして、今度の学年お楽しみ会の出し物に、自分たちのやりたいことをやろうと言い出したものの、歌は無理だし、ダンスはもっと無理。「じゃ、劇やらない?」「えー!」と、劇に決まる。

しかし、いろんな困難が押しよせてくる。さあ、5人はこの大きな壁を乗り越えることができるのか、というお話です。

いかにもありそうな設定で、共感しながら、楽しみながら、見ることができました。また、ステージ奥に、音楽担当のDJがいたのには、現代的な演出だなとも思いました。

「言語教育研究会」 第26回研究会

6月22日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第26回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は9人。新しい参加者は、千葉大学で長期研修中の中学校の先生でした。

最初の1時間は、テキストの27ページを読みました。

次の1時間は、自己紹介と近況報告でした。高校生が中学校にきてプレゼンテーションをした授業、『走れメロス』のすごろくをつくった授業、「令和」にまつわる古文の公開授業などが、共有されました。

首藤先生は、漢文の教育の歴史について、まとめているそうです。戦後、古文は国語の授業から排斥されなかったけれど、漢文は微妙だったとか。国語の授業の中にいれるのが妥当か、議論があったそうです。

そのあとの1時間は、テキストの28ページを読みました。

まとめると、「言語において、部分の総和は、全体にならない」ということなのですが、「木の机を分解すれば、それはもはや机ではない」というグッドマンの説明。

そして、「ケーキはそのまま食べるからおいしいのであって、それを小麦粉や砂糖に分解してしまったら、おいしくないでしょう」という首藤先生の説明を聞いて、しっくりきました。

最後のふり返りでは、「異年齢の授業、グループ作業などをやってみたい」という感想がありました。そこから、3学年がいっしょの教室で学ぶ、イエナプラン教育を採りいれた学校の紹介などがありました。

ドイツのイエナ大学で始まり、オランダで広がったとか。日本でも今年、長野県佐久穂町で、最初のイエナプランスクールが開校する予定だそうです。私も、カナダのオルタナティブスクールの話などをしました。

楽しい学びの時間でした。

『演劇学論集』(第65号)

日本演劇学会の紀要、『演劇学論集』(第65号)(2017年)を、読みました。積読の状態にあったのですが、夜中にふと起きて、読みはじめました。

今回、紀要の大部分は、「日本演劇学会 2017年度 全国大会「演劇と教養」の記録」です。この学会は、演劇教育の研究者よりは、演劇学の研究者の方が多いのですが、今回は、前者の発表がいつもより多かったようです。

最初の収穫は、シンポジウムⅠの報告での「アートベース・リサーチ」の定義の整理でした。メモとして、書いておきます。

「アートベース・リサーチ(Arts-based Research)とは専門諸科学の研究プロセスにアートやその効能を利用するもので、ポストモダニズム以降の社会科学に現れた「前衛的」な手法である。

ここでいうアートのカテゴリーには、思いつくだけでも、音楽、サウンド、小説、詩、写真、映像、立体や平面の美術、インスタレーション、そしてもちろん、ダンス、演劇、パフォーマンスなど、およそあらゆるアート表現が含まれている。

これらの表現を使いながら、研究の成果を公表(上映、上演、展示)したり、また研究の過程においても、その調査行為自体に、アートを取り込もうとするものである」

シンポジウムⅡの報告は、知っていることが多く、シンポジウムⅢの報告は、ちょっとかみ合わない部分もありました。このあたりは、実際に会場で聴いたほうが、学びや気づきが多かったかなと思いました。

そのほか、川島裕子や花崎攝の研究発表も、聞きたかったです。

1冊を一気に読んで、2日間の学会に参加したような気分になりました。ここ数年、国内外の学会に参加していません。

学会に参加するには、旅費、宿泊費、参加費が必要です。研究費の支給のない立場にいると、どうしても足が遠のくのですが、「もうすこし、外に出てみようか」と思いました。

『文化芸術』 vol. 11 2019

文化芸術振興議員連盟発行の小冊子、『文化芸術』の第11号(2019年)を、読みました。

たぶん、日本児童青少年演劇協会の事務所に立ち寄ったときに、もらってきたものだと思います。

積読の状態にあったのですが、夜中にふと起きて、読みはじめました。わりと大事なことが書かれていたので、メモがわりに、書いておきます。

文化芸術振興議員連盟では、2013年以来5年にわたり文化芸術立国の実現のため「文化省創設」を訴え、数々のシンポジウム・勉強会を重ねてきた。その成果として、「これからの日本に求められる文化を所掌する『文化芸術省』創設の提言」を、2019年12月5日に開催した総会で取り纏めた。

更に同月25日には、文化芸術関係20団体からなる「文化芸術推進フォーラム」とともに首相官邸を訪れ、菅義偉内閣官房長官に対し、文化芸術省創設の提言書を手渡した。

日本の文化行政が諸外国に比べ 脆弱で予算も少ないこと、また文化を所掌する省庁がいくつにも分散していることなど、現状について意識を共有する会談となったということです。

2001年に、『文化芸術振興基本法』が制定され、2017年に、『文化芸術基本法』が制定されました。

子どもや文化や芸術について考えるとき、「下から意見をまとめて、上に伝えることはできるが、大きく変えるには、上から法律と予算が与えられることが必要」と、思うことがあります。

これからの子どもたちのために、日本を、文化や芸術の豊かな国にしていきたいなあと思います。

『レッド・オクトーバーを追え!』

ちょっと前ですが、連休中に、テレビで録画しておいた映画、『レッド・オクトーバーを追え!』(1990年、アメリカ)を見ました。

潜水艦に関する話は、わりと好きです。まず、20年くらい前、かわぐちかいじの潜水艦の漫画、『沈黙の艦隊』に、はまりました。(全巻揃えて、4回くらい通読しました)。

映画では、『クリムゾン・タイド』や『U・ボート』を見ています。外界と限られた接触しかない特殊な環境のなかでのやりとりに、魅かれました。

この映画は、何回か、飛行機での移動中に、見ようとしたのですが、最後まで見られず、いつかゆっくり見ようと思っていました。

「トム・クランシーのベストセラー小説を、ショーン・コネリー主演で映画化したサスペンス・アクション。ソ連の最新型原子力潜水艦が突然姿を消す。対応に苦悩したCIAは、艦長の真意を探るために、ひとりの男を送り込む」ということです。

ショーン・コネリーは、存在感がありました。「なぜロシア人が、英語を話すのか」という疑問もありますが、まあいいとしましょう。(映画は、日本語字幕版でした)。

また、米ソ冷戦時代の設定で、ちょっと古いかんじもするのですが、緊迫感がありました。評価はわりと高いです。