TYA インクルーシブ・アーツ・フェスティバル 2019③-ワークショップとまとめ

「TYA インクルーシブ・アーツ・フェスティバル 2019~未知なる未来へ:様々な障がいと個性を持ったすべての子どもたちへ〜」では、1つのワークショップと、閉会式にも出ました。

ワークショップは、梶谷真司(東京大学大学院総合文化研究科教授)の『演劇実践者のための哲学対話ワークショップ』に、参加しました。哲学対話の概要が、わかりました。

新しい学びは、刺激になります。「もっと積極的に、講演やシンポジウム、パネルディスカッションやワークショップに、参加すればよかったかな」と、すこし反省しました。

閉会式は、3人の障がいをもつアーティストの公演がありました。よかったです。ただ、ちょっと観客が少なく、もったいないと思いました。

今回のフェスをふり返ると、「とても大事で、そして新しい試みをしている。スタッフも、本当に頑張っている。ただ、それが十分、社会から認知されていないのでは」となります。

1月という開催時期(中学・高校生、大学生は、期末テストのシーズン)、「障がいと舞台芸術」というテーマから、ある程度の予想はできたのですが、とくに平日の公演は、空席がありました。貴重な機会なのに、残念だなあと思いました。

ここからの学びを、2020年のアシテジ世界大会・国際児童青少年舞台芸術フェスティバルに、どう生かしていくか。なかなか難しい課題です。

TYA インクルーシブ・アーツ・フェスティバル 2019②-舞台芸術公演

「TYA インクルーシブ・アーツ・フェスティバル 2019~未知なる未来へ:様々な障がいと個性を持ったすべての子どもたちへ〜」では、11の舞台芸術公演を見ました。

国内作品は、6つ。(障がいを持ったアーティストが出演する作品、2つ。障がいを持った子どもも鑑賞可能な作品、4つ)。

海外作品は、5つ。(障がいを持ったアーティストが出演する作品、3つ。障がいを持った子どもも鑑賞可能な作品、2つ)。

印象に残った作品をふり返ると、簡単でも、ストーリーのあるものが多い気がします。たとえば、company ma×WAWACINEMA(日本)の『小さな家』。台詞のない劇ですが、ミニチュアのセットがかわいく、ストーリーに共感できました。

次に、デフ・パペットシアター・ひとみの『はこ/BOXES じいちゃんのオルゴール』。健常者と聾者による、台詞のない人形劇ですが、日本の3世代の家族の生活の変遷が、うまく描かれていました。

それから、インディペンデンス(スコットランド)の『長靴をはいた四人組』。健常者と障がい者のダンサーによる、台詞のないダンス劇ですが、飽きずに見られました。

ストーリーのないものでは、日本児童・青少年演劇劇団協同組合の『KUUKI』。乳幼児向けの作品ですが、工夫された、いいものでした。

また、Clown YAMA(日本)の『Drops of Wonders』。小ホールロビーでの公演でしたが、観客とのやりとりが面白く、楽しめました。

TYA インクルーシブ・アーツ・フェスティバル 2019①-概要

2019年1月14-20日、東京の国立オリンピック記念青少年総合センターで、TYA Japan 主催の「TYA インクルーシブ・アーツ・フェスティバル 2019~未知なる未来へ:様々な障がいと個性を持ったすべての子どもたちへ〜」が、開催されました。

「TYA」とは「Theatre for Young Audiences」の略で、児童青少年のための舞台芸術を指します。「インクルーシブ」とは、「包み込む」という意味。

障がいの有無や文化や人種、そしてセクシャリティーなどの違いによって分け隔てられることなく、誰しもがアーティストとして、観客として、子どもから大人までが一緒に参加することを目指したフェスティバルでした。

障がいを持ったアーティストが出演する作品から、障がいを持った子どもも鑑賞可能な作品まで、世界そして日本から、アーティストが集まりました。

日本の児童青少年舞台芸術の分野において、このようなテーマを掲げてフェスティバルをおこなうのは初めての試みということです。

私は2月16日から、TYA Japan 会員、アシテジ日本センター理事として、応援にはいりました。仕事は、夜間対応通訳だったで、D棟(宿泊棟)に泊まりこみでした。

ただ、昼間は自由だったので、スタッフ・パス(開演直前、空きがあるときのみ、無料ではいれる)を使って、いろいろな舞台芸術公演を見たり、講座にでたりしました。

デイヴィッド・ブース先生逝去

デイヴィッド・ブース(David Booth)先生逝去のニュースを、確認しました。なにか心に大きな穴があいたかんじです。

ブース先生は、カナダ・トロント大学・オンタリオ教育研究所(Ontario Institute for Studies in Education of the University of Toronto)の名誉教授でした。芸術教育、とくに演劇やリテラシー(読み書き)の教育が専門でした。

初等学校の演劇教員、教育委員会指導主事、大学と大学院の教授として、長年にわたって、学校における演劇教育とリテラシー教育の実践と研究に従事してきました。

物語と演劇を結びつけた、ストーリードラマ(物語に基づいて行われる即興的なロールプレイング)を提唱しました。30冊以上の著書があります。そのうちの1冊は、日本語に訳されています。

デイヴィッド・ブース著 中川吉晴他訳 2006 『ストーリードラマ』 新評論

私がブース先生と会ったのは、1992年。いまからほぼ25年前です。はじめて見たときは、『鏡の国のアリス』の挿絵として描かれた、ハンプティ・ダンプティみたいだと思いました。

ブース先生も私も、イギリスのダラム大学(University of Durham)のギャビン・ボルトン(Gavin Bolton)先生のもとで、演劇教育を学んだということもあり、とてもかわいがってもらいました。

ブース先生の大学院の授業は、議論を中心とした、ユーモアにあふれた即興劇みたいで、とても面白く、スリリングでした。

また、カナダでの私の最初の誕生日。大学院のクラスメートの演劇の研究授業を見学したあと、ブース先生の「今日は、健太郎の誕生日だから、みんなで、『Happy Birthday to You』を歌おう」という呼びかけで、体育館に集まった子どもたちやみんなからお祝いしてもらったのは、とてもよい思い出です。

それから、ブース先生の自宅でのクリスマス・パーティに招待されたこともあります。「お寿司を用意するから」というので、「まさか握るのか」と思ったら、日本食レストランからのテイクアウトでした。

私が帰国してからも、「論文の1章を書きあげるごとに、添付ファイルで送ってきなさい。私が、君の論文審査委員会の主査だ」と、励ましてもらいました。

私にとって、数少ないメンター(精神的指導者)のひとりでした。

ブース先生のもとで、博士論文を書きあげるという夢は叶わなかったけれど、たくさんのことを教えてもらい、たくさんの時間をいっしょに過ごせたことに、感謝します。

内木文英先生逝去

内木文英先生逝去の報告を、受けました。94歳という年齢なので、気持ちの準備はしてきたつもりですが、なにか心に小さな穴があいたかんじです。

内木先生は、中学校、高等学校の教育に関わり、とくにFM放送を利用した通信制高校、東海大学付属望星高校の教育、そして高校演劇に情熱を傾けられました。東海大学の理事、全国高等学校演劇協議会名誉会長でした。

また、日本児童青少年演劇協会とアシテジ(国際児童青少年舞台芸術協会)日本センターの会長を、長く務められました。著書に、『内木文英戯曲集』『かつてこの地は海であった』『私の高校演劇』『私の高校演劇 第Ⅱ部』などが、あります。

私が内木先生と話すようになったのは、2005年。カナダのモントリオールで開催された、アシテジ世界大会からでした。当時私は、トロント大学の大学院で勉強をしていて、日本センターの会長だった内木先生の通訳を頼まれました。

それから、2008年にオーストラリアのアデレードで開催されたアシテジ世界大会、2011年にデンマークのコペンハーゲンとスウェーデンのマルメで開催されたアシテジ世界大会と、内木先生の通訳を務めました。

2012年に沖縄で開催されたアシテジ芸術家集会、2014年に韓国のソウルで開催されたアシテジアジア会議にも、同行しました。

近くで接すれば接するほど、私は内木先生の人柄に魅かれるようになりました。日本に帰国後、私がアシテジ日本センターのボランティアを志願したのは、内木先生(当時・会長)と石坂慎二さん(事務局長)と仕事をしたかったからです。

内木先生に「よろしく頼む」といわれると、「なにがあってもやり遂げよう」と思ったし、「ありがとう」といわれると、とてもうれしくなりました。

毎年8月に国立劇場で開催される、全国高等学校総合文化祭にも、連れていってもらいました。私が高校演劇のファンになったきっかけです。

食事やお酒も、何回、ご馳走してもらったか、わかりません。「いろいろなところから、お金をもらうんだけど、使いきれないんだよ」といいながら、居酒屋で頼むのは、いつもきまって、「常温の日本酒2合とコロッケ」でした。

内木先生の自宅で、お誕生日をお祝いしたこともあります。内木先生の米寿のお祝いの会を、石坂さんや白石なお子さんと、企画して開催できたのは、よい思い出です。

とくにいろいろ相談をしたわけではなかったですが、私にとって、数少ないメンター(精神的指導者)のひとりでした。

2020年に東京で開催されるアシテジ世界大会で、内木先生のスピーチを通訳するという夢は叶わなかったけれど、たくさんの時間をいっしょに過ごせたことに、感謝します。

堀真一郎さん(きのくに子どもの村学園学園長)の講演

ちょっと前ですが、6月3日(日)は、代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで、(公益社団法人)日本児童青少年演劇協会の平成30年度定期総会がありました。

いつもどおりの議事のあと、堀真一郎さんの『体験学習が学校を変える』という講演がありました。その感想を書いておきます。

堀さんは、京都大学教育学部卒。元大阪市立大学教授。A・S・ニールおよびジョン・デューイに強い影響を受ける。「学習がいちばん楽しいといえる学校を」ということで、イギリスのサマーヒル・スクールを範として、1992年、和歌山県に、きのくに子どもの村学園小学校を設立。

その後、福井県勝山市、山梨県南アルプス市、福岡県北九州市でも、きのくに子どもの村小学校・中学校を設立。スコットランドにも、分校をもっているということです。常勤職員、92名。児童生徒、610名。

今回の講演は、成城小学校で、長いあいだ演劇を教えてきた、木村たかしさんが、南アルプス子どもの村小学校・中学校で、演劇を教えはじめたことも、理由のひとつとか。興味をもって、のぞみました。

きのくに子どもの村学園の特徴としては、「学年の壁、教科の壁、学校のまわりの壁、教員の給与の差がない」というのがあるようです。

完全な縦割り学級編成で、体験学習(プロジェクト)が中心。工務店、クラフトショップ、料理、農作業などのプロジェクトが人気ということでした。子どもたちは、滑り台をつくったり、過疎について調べて本を書いたり、劇をつくったりしてきたそうです。

1時間30分、講演を聴きおえた感想は、「現在の多くの学校に足りないものを実践しているが、これらの学習機会は、家庭や地域で提供するべきではないか」というものでした。

「とくに小学校段階では、きのくに子どもの村学園のように、プロジェクト学習を増やしてもいいだろう」とは思いましたが。それから、「学力の問題は、卒業生の大規模な追跡調査が必要だろう」とも思いました。

それにしても、ここ数年、私のまわりで、フリースクールや理想の学校を目指した活動が、増えている気がします。

アジアTYAフェスティバル2018のまとめ会

先週の土曜日(6月2日)は、代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで、4つの会議と1つの説明会に、参加してきました。

午前9時30分から午後12時まで、アジアTYAフェスティバル2018のまとめ会。お昼は、レストランさくらで、ミックスフライ定食をたべながら、8月に北京で開催されるアシテジ芸術家集会の説明会。

午後1時から2時30分まで、 TYA Japan(Theatre for Young Audiences Japan)の理事会。(私は、オブザーバー参加)。

午後3時から4時まで、アシテジ(国際児童青少年舞台芸術協会)日本センターの2018年度定期総会。午後4時から5時まで、「アジアから世界へ」という、話しあいでした。

いちばん印象に残ったのは、アジアTYAフェスティバル2018のまとめ会です。週末の午前中にもかかわらず、40人以上の参加がありました。(用意した資料が、足りなくなったほどです)。

ふじたあさやさんの挨拶のあと、それぞれの部会(海外招聘団体担当、国内参加団体、ワークショップ担当、シンポジウム担当、アジア会議担当、制作チーム)の報告。(私も、アジア会議について、話しました)。

続いて、会場からの質問や報告や意見の発表。全員が発言できたわけではないのですが、いろいろな立場から、報告や意見の交換があり、有意義な時間でした。「フェスティバルや国際会議というのは、人によって、つくられているんだなあ」と思いました。

最後の収支決算の中間報告では、きびしい数字もでましたが、2020年に東京で開催されるアシテジ世界大会・国際舞台芸術フェスティバルに向けて、勇気を与えられました。

ただ、1日に4つの会議と1つの説明会は、疲れました。「30分刻みの予定をこなすという、ビジネスのトップは、すごいなあ」と思いました。

日本酒の会 その7

先週末の夜は、新検見川のBAR「陽月(かげづき)」で開催された、『陽月de日本酒 Vol.7 塩気とお酒のおいしい関係』に、参加してきました。

高校の同級生で、「赤鬼」(三軒茶屋の銘酒居酒屋)で長く働いている理絵蔵さんが、「勉強会というほど固苦しくなく、ただの飲み会とはひと味ちがう、愉しいひとときを」というコンセプトのもとに企画した、日本酒の会の第7回目です。

「今回は日本酒と塩、それも塩そのものではなく、塩から発生した様々なうまみ調味料を合わせ、その引きたてあいとハーモニーをたんのうしていただく」ということ。

塩は、好きです。ソーセージと目玉焼き、フライドポテトなどには、塩をたくさん振りかけます。やよい軒で、鯖の塩焼き定食を注文するときは、「小皿に塩を」と頼むくらいです。(塩分のとりすぎは、健康には、よくないのでしょうが)。

今回も、約3時間、5種類の日本酒、炭火焼鳥、理恵蔵さん手作りのさまざまな肴、参加者との会話を、楽しみました。

料理で印象に残っているのは、レバーの塩焼き(塩+ごま油)、新じゃが・塩辛バター。そして、岩塩プレートで焼いた、ラムチョップとタンが、美味でした。

(岩塩プレートで焼くと、天然の塩分とミネラルが溶け出し、遠赤外線効果で食材自身の持つうまみが引き出され、余分な脂や水分も吸収してくれるそうです)。

そのほか、塩レモン(モロッコ発祥。レモンを塩に漬けて、熟成させたもの)、塩麹(米抜きで、塩と麹と水を混ぜて、発酵・熟成させたもの)、アオサ塩(海藻をブレンドした塩)を使った料理もありました。

なんとなく、日本酒の学びの会というより、テーマを決めた飲み会に移行しつつありますが、これはこれでいいのかなと思います。

日本酒の会 その6

昨日の夜は、新検見川のBAR「陽月(かげづき)」で開催された、『陽月de日本酒 Vol.6 春だ!新酒だ!百花繚乱♪』に、参加してきました。

高校の同級生で、「赤鬼」(三軒茶屋の銘酒居酒屋)で長く働いている理絵蔵さんが、「勉強会というほど固苦しくなく、ただの飲み会とはひと味ちがう、愉しいひとときを」というコンセプトのもとに企画した、日本酒の会の第6回目です。

1月と2月は忙しくて、第4回と第5回は、参加できませんでした。この会への参加は、昨年の11月以来となります。

約3時間、6種類の日本酒、炭火焼鳥、理恵蔵さん手作りのさまざまな肴、参加者との会話を、楽しみました。

日本酒は、「ウキウキ春の気分にあわせて」ということで、「いつもより少しかろやか、きれいめなお酒(すべて純米吟醸の生酒)」のセレクションでした。どれも、飲みやすかったです。

理絵蔵さんが応援しているという、磐城壽(いわき・ことぶき。福島で被災して、いまは山形でお酒を造っている)の「甦る」というお酒も飲みました。「自分が応援したい蔵があるのは、いいなあ」と思いました。

料理で印象に残っているのは、ホタルイカと茗荷のスープ、新玉葱と蛸とわかめのサラダ、春キャベツのコールスロー、菜の花と帆立の玉子焼き、桜海老と竹の子のまぜご飯です。旬を食べているという、喜びがありました。

「春に新酒が多いのは、秋から冬の低温を利用して、寒仕込みをするちいさな蔵が、冬から春にかけて、お酒を完成させるため」といったことも、学びました。お酒や料理の学びは、楽しいです。

アシテジ・アジア会議-まとめ

アシテジ日本センターの会議担当グループのひとりとして、準備と進行をとおして、学んだことをまとめます。

まず、招待状とビザの書類の送付については、「外国と交渉するときは、十分、時間にゆとりをもって」ということを、学びました。

小冊子については、「せめて書式くらいは、統一すればよかった」と思っています。宿泊と会議室については、「下見は、大事」と再確認しました。

参加者の出迎えについては、「到着日と時間を指定」したうえで、できるだけ。「交通費も移動も、原則、個人責任」としたほうが、いいようです。

「疲れているときに、大事なメールを書いてはいけない」ことも、学びました。また、参加者には、ラスト・ミニッツ・パスよりも、自由のきくフリーパスを提供するのが、いいようです。

それから、「希望者向けの1日の東京観光」と「参加者、劇団関係者、スタッフ、ボランティアの人たちが、全員集まれる、立食パーティ」は、次回、強く提案しようと思います。

この3か月、たくさんの反省と学びがありました。(会議の関係でやりとりをしたメールは、700通を超えます)。2020年5月に、東京で開催する、アシテジ世界大会に向けて、これらを生かしていこうと思います。