中国でのアシテジ芸術家集会③-集会のプログラム

芸術家集会のプログラムは、開会式、芸術家の出会い、シンポジウム、会議、ワークショップ、小旅行、閉会式、カクテルパーティなどが、組まれていました。

芸術家の出会いは、第3-5日目の午前中に、開催されました。ただ、会場へのバスがでるのは、午前7時50分。初日、いきなり寝坊しました。

さらには、偽札の関係で、銀行にいったりしなくてはならず、過去の芸術家の出会いのよくない印象(そのときは、テーマにそって、ただ話しあうだけでした)もあり、結局、1度も顔を出しませんでした。

ただ、参加した人によると、中国の人を含めて、100人くらい集まり、話しあいの他にも、いろいろなプレゼンテーションがあったそうです。考えてみれば、このプログラムが、芸術家集会の中心です。「朝食を抜いても、参加するべきだった」と、あとで後悔しました。

シンポジウムは、「児童青少年演劇から見た、東洋と西洋の文化の影響」を、聴きました。アシテジ日本センター会長のふじたあさやさん、中国センター会長の尹さん、ドイツとデンマークの代表が登壇し、興味深い対話がありました。

また、アジア会議にも参加しました。今後のアジアのアシテジの展開として、ネクストジェネレーション・プログラム(青年の交流)、地域ワークショップなどの可能性が、話しあわれました。

私は、今年2月に東京で開催したアジア会議について報告して、自分の意見を述べました。参加した意味はあったと思います。

ワークショップは、包括的芸術のグループ主催のものに参加しました。カナダの中等学校の演劇の授業みたいで、新しい学びはありませんでした。

それから、ドイツとデンマークのアシテジセンター主催による、北京の再開発地区(工場を芸術のセンターに変えた)への小旅行にも、参加しました。たいしたことはなく、観劇をするべきでした。

開会式と閉会式にもでました。「演説は、短いほうがいい」という感想をもちました。カクテルパーティでは、「お酒は冷して、おつまみは多めに用意するべき」と思いました。

堀真一郎さん(きのくに子どもの村学園学園長)の講演

ちょっと前ですが、6月3日(日)は、代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで、(公益社団法人)日本児童青少年演劇協会の平成30年度定期総会がありました。

いつもどおりの議事のあと、堀真一郎さんの『体験学習が学校を変える』という講演がありました。その感想を書いておきます。

堀さんは、京都大学教育学部卒。元大阪市立大学教授。A・S・ニールおよびジョン・デューイに強い影響を受ける。「学習がいちばん楽しいといえる学校を」ということで、イギリスのサマーヒル・スクールを範として、1992年、和歌山県に、きのくに子どもの村学園小学校を設立。

その後、福井県勝山市、山梨県南アルプス市、福岡県北九州市でも、きのくに子どもの村小学校・中学校を設立。スコットランドにも、分校をもっているということです。常勤職員、92名。児童生徒、610名。

今回の講演は、成城小学校で、長いあいだ演劇を教えてきた、木村たかしさんが、南アルプス子どもの村小学校・中学校で、演劇を教えはじめたことも、理由のひとつとか。興味をもって、のぞみました。

きのくに子どもの村学園の特徴としては、「学年の壁、教科の壁、学校のまわりの壁、教員の給与の差がない」というのがあるようです。

完全な縦割り学級編成で、体験学習(プロジェクト)が中心。工務店、クラフトショップ、料理、農作業などのプロジェクトが人気ということでした。子どもたちは、滑り台をつくったり、過疎について調べて本を書いたり、劇をつくったりしてきたそうです。

1時間30分、講演を聴きおえた感想は、「現在の多くの学校に足りないものを実践しているが、これらの学習機会は、家庭や地域で提供するべきではないか」というものでした。

「とくに小学校段階では、きのくに子どもの村学園のように、プロジェクト学習を増やしてもいいだろう」とは思いましたが。それから、「学力の問題は、卒業生の大規模な追跡調査が必要だろう」とも思いました。

それにしても、ここ数年、私のまわりで、フリースクールや理想の学校を目指した活動が、増えている気がします。

「言語教育研究会」 第20回研究会

ちょっと前ですが、5月27日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第20回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は7人。新しい参加者は、中学校の先生でした。

今回は、テキストから離れて、Carole Edelsky の「Authentic Reading/Writing Versus Reading/Writing Exercises(実の場における読み書きと、読み書きの練習)」という論文の前半を読みました。

「実際に使われる言語あるいはまるごとの言葉と、細分化された言葉(練習)には、大きなちがいがある」という一文からはじまります。そして、「読み書きの学習において、シミュレーションは、実際の使用には叶わない」と続けます。それから、フラッシュカードの使用などについて、批判をします。

感想としてはまず、グッドマンの本とくらべて、一文が長く、難しい用語も使っていて、読んで理解するのが大変だなと思いました。

次に、「実の場から切り離した、人工的な読み書きの練習への反論」となっているので、仕方のない部分もあるのですが、「実の場」と「練習」の中間もあるのではないかと思いました。

たとえば、架空の世界を舞台にした即興劇は、「実の場」(現実の場面)ではないかもしれませんが、私は「往々にして、目的をもった、意味のある言語活動が含まれる」と思っています。

後半は、質問と話しあいの時間でした。まず、首藤先生の新しい活動について、訊きました。プレーパーク(子どもたちの森公園)での活動から派生した、「ちばこどもり学園」で、不登校の子どもたちを対象に、「久爺の読み書き学室」をはじめたそうです。

公民館や子ども食堂で、子どもたちの興味関心を大切にした読み書きの活動に、寄り添い支援しているとか。保健体育や農業の授業も開催されていて、「将来は、フリースクールの開校を目指している」ということでした。

そのほか、時枝誠記の文法論、フィンランドの教育、PISAという国際学力テストの実施の裏側など、興味深い紹介もありました。

楽しい学びの時間でした。

日本酒の会 その7

先週末の夜は、新検見川のBAR「陽月(かげづき)」で開催された、『陽月de日本酒 Vol.7 塩気とお酒のおいしい関係』に、参加してきました。

高校の同級生で、「赤鬼」(三軒茶屋の銘酒居酒屋)で長く働いている理絵蔵さんが、「勉強会というほど固苦しくなく、ただの飲み会とはひと味ちがう、愉しいひとときを」というコンセプトのもとに企画した、日本酒の会の第7回目です。

「今回は日本酒と塩、それも塩そのものではなく、塩から発生した様々なうまみ調味料を合わせ、その引きたてあいとハーモニーをたんのうしていただく」ということ。

塩は、好きです。ソーセージと目玉焼き、フライドポテトなどには、塩をたくさん振りかけます。やよい軒で、鯖の塩焼き定食を注文するときは、「小皿に塩を」と頼むくらいです。(塩分のとりすぎは、健康には、よくないのでしょうが)。

今回も、約3時間、5種類の日本酒、炭火焼鳥、理恵蔵さん手作りのさまざまな肴、参加者との会話を、楽しみました。

料理で印象に残っているのは、レバーの塩焼き(塩+ごま油)、新じゃが・塩辛バター。そして、岩塩プレートで焼いた、ラムチョップとタンが、美味でした。

(岩塩プレートで焼くと、天然の塩分とミネラルが溶け出し、遠赤外線効果で食材自身の持つうまみが引き出され、余分な脂や水分も吸収してくれるそうです)。

そのほか、塩レモン(モロッコ発祥。レモンを塩に漬けて、熟成させたもの)、塩麹(米抜きで、塩と麹と水を混ぜて、発酵・熟成させたもの)、アオサ塩(海藻をブレンドした塩)を使った料理もありました。

なんとなく、日本酒の学びの会というより、テーマを決めた飲み会に移行しつつありますが、これはこれでいいのかなと思います。

日本酒の会 その6

昨日の夜は、新検見川のBAR「陽月(かげづき)」で開催された、『陽月de日本酒 Vol.6 春だ!新酒だ!百花繚乱♪』に、参加してきました。

高校の同級生で、「赤鬼」(三軒茶屋の銘酒居酒屋)で長く働いている理絵蔵さんが、「勉強会というほど固苦しくなく、ただの飲み会とはひと味ちがう、愉しいひとときを」というコンセプトのもとに企画した、日本酒の会の第6回目です。

1月と2月は忙しくて、第4回と第5回は、参加できませんでした。この会への参加は、昨年の11月以来となります。

約3時間、6種類の日本酒、炭火焼鳥、理恵蔵さん手作りのさまざまな肴、参加者との会話を、楽しみました。

日本酒は、「ウキウキ春の気分にあわせて」ということで、「いつもより少しかろやか、きれいめなお酒(すべて純米吟醸の生酒)」のセレクションでした。どれも、飲みやすかったです。

理絵蔵さんが応援しているという、磐城壽(いわき・ことぶき。福島で被災して、いまは山形でお酒を造っている)の「甦る」というお酒も飲みました。「自分が応援したい蔵があるのは、いいなあ」と思いました。

料理で印象に残っているのは、ホタルイカと茗荷のスープ、新玉葱と蛸とわかめのサラダ、春キャベツのコールスロー、菜の花と帆立の玉子焼き、桜海老と竹の子のまぜご飯です。旬を食べているという、喜びがありました。

「春に新酒が多いのは、秋から冬の低温を利用して、寒仕込みをするちいさな蔵が、冬から春にかけて、お酒を完成させるため」といったことも、学びました。お酒や料理の学びは、楽しいです。

「言語教育研究会」 第19回研究会

先週の日曜日(3月4日)は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第19回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。参加者は7人。

前回から、前半は、テキストを読むようにしています。テキストは、21-23ページを読みました。「話し言葉と書き言葉は、重複する部分もあるが、異なる部分もある」、「たとえば、テレビやラジオの番組表、電話帳、新聞の広告など、話し言葉では表しきれない」

「多くの人は、言葉を学ぶときに、話す聞くからはいるが、第2言語の習得、耳の聞こえない人など、読み書きからはいる場合もある。必要からはいればよい」ということでした。なるほどと思いました。

後半は、質問と話しあいの時間です。まず、「国語の授業では、いくつかスキルを特定して、その習得を目標にすることも大事では」という質問がでました。

首藤先生いはく、「習得すべきスキルを把握して、整理することも大事だが、無限でキリがない。たとえば、卓球をするときに、サーブや素振りばかりして、ゲームをさせなければ、飽きてしまうでしょう」ということでした。

次に、「教育実習では、主発問を準備しての一斉指導を、学生に勧める。個に応じた指導が大切なこともわかるが、学生は45分の授業をするだけで精いっぱい。学習者をモニターする余裕はない」という感想がでました。

これに関しては、いろいろな意見がでました。そのなかでは、「小学校の教育実習では、最初に、図工や音楽や体育の授業を、やってみることを勧める。児童をモニターする時間が、持てますから」という意見が、印象に残りました。

また、光村図書の教科書に使われる書体の紹介も、ありました。常用外の漢字も含めて、30年間、7000万円の費用を使って、つくってきたきたそうです。

楽しい学びの時間でした。

「言語教育研究会」 第17回研究会

先週の日曜日(11月26日)は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第17回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。参加者は11人。

最初に、自己紹介を兼ねて、近況報告をしたのですが、それだけで1時間30分もかかってしまいました。(私は、この時間が大好きですが)。

ここでは、新しい教具-大きなポストイットとか、ぼうけんくん(拡大鏡のようなデジタルビデオカメラ)とか、グーグルスイート(メールソフト、ドキュメント、カレンダーなどのソフトウェアの総体)とか-を、どう使うかという話題で、盛りあがりました。

首藤先生いはく、「デバイスの進歩を嘆くことはない。ただ、教具だけ変わって、授業の中身が変わらないのは困る」ということでした。

また、「教員間で、パワーハラスメント、いじめ、情報の共有不足などがあるときに、どうするか」という話題でも、盛りあがりました。「困ったときは、教頭や校長に訴える」、「学年会で、しっかりと情報を共有することが大事」といった助言がでました。

テキストは、20ページを読みました。「子どもたちは、学校にいくずっと以前から、読み書きの場で、文字の認識能力を発達させている。ちいさな頃から、その環境にある本や印刷物、そしてそれらを読んでくれる大人に反応している」ということでした。

首藤先生いはく、「日本でも、『文字は小学校から』と思われているが、子どもたちは、自ら関わる場のなかで、もっと以前から発達が進んでいる。たとえば、『牛乳』という漢字を読めない子どもはいないでしょう」ということでした。なるほどと思いました。

最後に、「今年流行した『うんこドリル』を、どう思うか」と、質問してみました。首藤先生いはく、「うんこも、アニメのキャラクターも、すぐに廃れると思う。僕も、ドリルを監修しているけれど、子どもたちの生活に根差した、中身のあるものを作るようにしている」ということでした。

楽しい学びの時間でした。

日本酒の会 その3

昨日の夜は、新検見川のBAR陽月で開催された、『陽月de日本酒 Vol.3 焼鳥&ゆく酒くる酒』に、参加してきました。

高校の同級生で、「赤鬼」(三軒茶屋の銘酒居酒屋)で長く働いている理絵蔵さんが、「勉強会というほど固苦しくなく、ただの飲み会とはひと味ちがう、愉しいひとときを」というコンセプトのもとに企画した、日本酒の会の第3回目です。

第1回(2016年3月16日)に参加してから、ほぼ1年半ぶり。毎週日曜日は、スポーツクラブにいく日なのですが、それをとりやめて、参加しました。

参加者は、20人。理絵蔵さんとフェイスブックでつながっている人、陽月の常連さんが、多かったようです。

約3時間、7種類の日本酒、炭火焼鳥、理恵蔵さん手作りのさまざまな肴、参加者との会話を、楽しみました。コースは、「シジミと生姜の一口スープ」からはじまりました。(お腹が、温まりました)。

日本酒は、「新酒(くる酒)から熟成酒(ゆく酒)」という順序で提供されたのですが、「2017BY」の新酒が、飲みやすかったです。

(「BY」とは、「ブリュワリーイヤー」の略で、どの年に醸造されたか、という表記だそうです。たとえば、2017年度(2017年7月1日-2018年6月30日)につくられたお酒は、2017BYとのこと)。

酒の肴は、「柿とシメジとピスタチオの白和え」、「ジャパニーズ・チャンプー(里芋をマッシュしたものに葱をまぜ、豆乳でのばし、カラスミをかけたもの)」、「味玉・いぶりがっこ風味」が、美味しかったです。

「無濾過原酒、おりがらみのちがい」、「生酒、火入れ酒ともに、紫外線が大敵」といったことも、学びました。

来年から月に1回の開催になるそうです。自宅から近いし、継続参加したいのですが、週に2回、エクササイズをしないと、よいコンディションが保てません。悩ましいところです。

「日本演劇学会 分科会 演劇と教育研究会」の10月研究会

先週の日曜日(10月15日)は、「日本演劇学会 分科会 演劇と教育研究会」の10月研究会で、飛田勘文君(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館・ITYARN理事)と共同で、研究発表をしてきました。参加者は、8人。

テーマは、「国際青少年演劇研究ネットワークの歴史と現在の動向」。国際青少年演劇研究ネットワーク(International Theatre for Young Audiences Research Network。略称は、ITYARN)というのは、アシテジ(国際児童青少年舞台芸術協会)のネットワーク会員で、児童青少年演劇の研究者の集まりです。

私が、「アシテジの概要」と「アシテジとITYARNの出版物から見た、児童青少年演劇の研究の動向」を担当し、飛田君が、「ITYARNの概要」と「南アフリカでのITYARNの研究大会のプログラムの精査」を担当しました。

共同の研究発表というのは、うまくいかない場合もあるのですが、今回は、お互いに情報を補完しながら、よくできたと思います。

「アシテジやITYARN、TYA JAPANの活動は、まだまだ知られていないなあ。広報を頑張らないと」と思いました。

また、3年半ぶりの、「日本演劇学会 分科会 演劇と教育研究会」への参加で、「もうすこし、フットワークを軽く、研究会や学会にも、積極的に参加しないと」と思いました。

「言語教育研究会」 第16回研究会

先週の日曜日(9月3日)は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第16回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。参加者は10人。

最初に、自己紹介を兼ねて、この夏のふり返りをしたのですが、日本国語教育学会・全国大会の報告や感想の共有もあり、それだけで1時間30分もかかってしまいました。(楽しい時間でしたが)。

また、「読み聞かせは、どうおこなうべきか」という話題で、盛りあがりました。「一般的に、図書館司書の人がおこなう読み聞かせは、淡々としたものが多い。フリーでやっている人たちは、感情的に読んだり、ふりを交えたりもする」ということでした。

首藤先生いはく、「どちらでもいいのでは。それぞれでいい」ということでした。参加者からは、「落語でも、時間や観客にあわせて、足し算(テキストに時事ネタをくわえたりする)、引き算(テキストの一部分を削る)をする。話しかたも変える」という説明もありました。

また、「国語科と家庭科の教員が協同したりして、児童生徒に、自分たちより年齢の低い子どもたちにむけての読み聞かせをさせるという実践は、結構ある」という情報提供もありました。

テキストは、首藤先生の「読むことの授業改革」(千葉大学国語科教育の会 第40回大会 講演資料)を読みました。

「読みの授業で、板書をする先生は、子どもたちを、誘導している。教師の読みを、子どもたちに押しつけている。同じ読者でも、読むたびに読みが変わる。教師の読みも、子どもたちの読みも、変わり続ける」という説明でした。

「僕は、基本、多読と翻作(なんらかの原作をもとにして、表現すること)が、大事だと思う」ということだったので、「拾い読みや速読について、どう思うか。読書家のなかには、最初から最後までの精読を勧める人もいる」と、質問してみました。

首藤先生いはく、「目的に応じて、必要に応じて、読みかたを選べばよい。拾い読みでも、速読でも、精読でも、構わない。それは、授業でも、日常生活でも同じ」ということでした。

それから、この夏のある中学校の読書感想文は、住野よるの君の膵臓をたべたいについて書いたものが、とても多かったそうです。

楽しい学びの時間でした。