「言語教育研究会」 第25回研究会

1週間前、4月6日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第25回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は8人。新しい参加者は、指導主事の先生でした。

前半は、『月刊 国語教育研究』の564号に掲載された、首藤先生の論文、「通じる喜びが言葉の育ちを支える-幼児期の学びは遊び単元で-」について、質疑応答、話しあいがもたれました。

「遊び単元」というのは、首藤先生のオリジナルだそうです。

「幼児教育では、「単元学習」という言葉に、違和感をもつ人が多い。大村はまたちが、「教える」とか「学習目標」とか「単元目標」という言葉を、出してしまった」

「幼児教育では、「遊びや生活をとおしての学び」、「子どもから自然に出てくるもの」を大切にする人が、多い。ただ、「遊びのひとまとまり」と考えれば、単元学習を幼児教育に活用する道が見えてくる」ということでした。

ちなみに、幼児教育では、「学習指導案」とか「学習目標」という言葉よりも、「活動案」といった言葉が、よく使われるそうです。

また、「子供」と「子ども」の使い分けについての質問も出ました。「自由学園の創始者の羽仁もと子が、「子ども」に変えようと提唱したが、その後の文部科学省の決定では、「子供」にすることになった」そうです。

後半は、テキストの26-27ページを読みました。マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』の序文を引用。

「ホールランゲージの教師は、ある言語や方言や登録語を、除外することはしない」「それぞれの言語のもつ社会的な価値、それを使う話者への影響は認識しているが、それらを適切に視野にいれる」ということでした。

「ホールランゲージの教師は、科学的な視点(言語学や心理学など)を尊重すると同時に、人間的な視点(子どもやすべての言語へのリスペクトと愛情)を大事にしているんだなあ」と思いました。

最後のふり返りでは、首藤先生のヒサジイ学室、「学ばせない」「働きかけない」という実践の紹介もありました。「馬を川まで連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」ということでした。

楽しい学びの時間でした。

「言語教育研究会」 第24回研究会

1か月前ですが、2月11日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第24回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は6人。新しい参加者は、なし。

かなり記憶が曖昧なのですが、前半は、テキストを読みました。社会言語学者のハリディの説を用いて、「言語純粋主義者は、言語使用において、完全な適切さをもとめる。裁判官のようだ。これは、人間の言語に対する尊敬の欠如を覆い隠す」

「また、パワーと社会的ステイタスのある人々の言語は、それらがない人々の言語よりも、よいものととられる。言語への社会的な姿勢は、人々への社会的姿勢を反映する」ということでした。

そこから、「美しい日本語とは。それを教えるべきか」という話しあいに発展しました。首藤先生いはく、「まず通じるかが、大事。共通語でないといけない。言語は、社会的なもの。家庭や職場など、環境によって異なるし、年代やグループによっても変わる」

「美しいとか正しいというのは、必要ないが、目的と相手に応じて、適当な言語というのは、必要だろう。大和ことばだけを使っていたら、現代では、コミュニケートできないでしょう」ということでした。

「各地の方言には、わりと古語が残っている」という指摘もありました。

それから、「幼稚園と小学校の接続を、どう考えるべきか」という質問もでました。首藤先生いはく、「滑らかな接続と適度な段差でいいのでは。段差は、もともとある。新たにつくる必要はない」ということでした。

後半は、2人が早退され、参加者の3人が、働きながら、学位論文を書こうとしていることから、そのための情報交換やアドバイスをしあう、インフォーマルな話しあいとなりました。首藤先生の大学院のゼミ授業にいるようなかんじでした。

楽しい学びの時間でした。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議⑩-まとめ

今回の7日間のウズベキスタンでの滞在をふり返ると、「いった甲斐はあった」、「楽しかった」となります。

アシテジ・アジア会議では、「実演家でない自分が、日本の児童青少年演劇について、きちんと説明できるだろうか」と不安だったのですが、なんとか発言できました。

観劇や食事や観光を一緒にするなかで、アジアのアシテジセンターの代表とも、より親しくなることができました。とくに、韓国の2人の代表と、いろいろ話せたのは、よかったと思います。

また今回は、私にとって、はじめての中央アジアへの訪問でした。(このような機会がなければ、一生足を踏みいれることがなかったかもしれません)。

それでも、ホストやボランティアのおかげで、大きなトラブルもなく、滞在を楽しむことができました。

いま、私のフェイスブックには、たくさんの友達申請がきています。「タイムラインが、読めない外国語で埋まるのは、困るんだけどなあ」と思いながら、ウズベキスタンで会った参加者との再会を楽しみにしている自分がいます。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議⑨-観光(その2)

最終日は、観光とショッピング、移動の日でした。(すこしゆっくりしたかったので、1日、自己負担で、延泊しました)。

まず、2人のボランティアの協力を得て、ティムール博物館にいきました。ウズベキスタンの歴史の一端がわかりました。

次に、地下鉄に乗って、チョルソーバザールへ。香辛料やドライフルーツ、乳製品や野菜、服や靴を売る店が並び、活気がありました。お土産に、タシケントのTシャツを買いました。

昼食は、サムサ(肉や玉葱のはいったパイ)。夕食には、地元の人が集まるレストランで、シャシリク(羊肉や鶏肉の串焼き)、ビールをとりました。おいしかったです。

ちなみに、今回、ボランティアの通訳(大学生)には、本当にお世話になりました。彼らは、「外国の人とあまり話す機会がないので、勉強になります」といっていましたが、大活躍でした。ありがたいです。

帰りの飛行機は、ほぼ時間どおりでした。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議⑧-観光(その1)

4日目は、観光とショッピングの日でした。

まず、バスに乗って、イスラム教のモスクにいきました。天井や壁の装飾は、独特なデザインで、きれいです。神聖なかんじでした。(ウズベキスタンの国民の9割以上は、イスラム教信者だそうです)。

次に、メドレセと呼ばれる、神学校にいきました。1階の部屋のほとんどは、工房・みやげ物屋になっていました。木彫りのお皿に、ペイントをした装飾品が、人気のようです。

それから、アンティークのスザニ(刺繍の施された布)を売る店にいきました。とくに興味もなかったので、チャイハナ(喫茶室)で、緑茶と甘いお菓子をとりました。

そのあと、スーパーマーケットへ。通訳の人が熱心に勧めるので、ドライフルーツとナッツの詰め合わせ、お茶菓子を買いました。あわせて、400円。(安いです)。

ちなみに、ウズベキスタンの人は、レーズンや杏やプラムやイチジクなど、ドライフルーツを、よく食べます。「夏は乾燥して暑いので、果物が傷みやすい。そのために、ドライフルーツにする」ということでした。

夕食は、劇場近くの喫茶店で、プロフ(肉、玉葱、人参をいれた、炊き込みご飯)、サワークリーム、ナン(円形のパン)を食べました。ウズベキスタンの国民食ということです。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議⑦-観劇

ウズベキスタンでは、4つの演劇公演、1つの人形劇公演を見ました。

ウズベキスタン国立児童青少年演劇劇団によるものが、3つ。ウズベキスタン・ユースシアターによるものが、1つ。ウズベキスタン国立人形劇団によるものが、1つです。

児童青少年演劇劇団の公演は、『いたずら好きの少年』という、実際に起きた話をもとにしたもの。『驚くべき話』という、「ジュウマンジ」というゲームにあわせて、観客の子どもたちに、「災害にあった時に、どうするべきか」を、教えるもの。そして、『アラジンと魔法のランプ』でした。

ユースシアターの公演は、『劇的なステップ』という、観客の子どもたちの参加を得ながら、劇団員のさまざまなトレーニングや演出を紹介し、演劇への招待をするもの。人形劇団の公演は、『マッチ売りの少女』でした。

どれも、それなりのレベルで、バラエティがあり、楽しく見ました。ウズベク語の公演で、1時間30分から2時間座り続けたのは、ちょっと大変でしたが。となりの席で、英語に通訳してくれたボランティアの人は、さらに大変だったと思います。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議⑥-話しあい(その3)

3日目は、話しあいの続き。ただ、「参加者のそれぞれの仕事や考えや問題意識について、もっと知りたい」という意見がでて、ちょっと詳しい自己紹介からはじまりました。時間がかかりましたが、参加者同士の距離が縮まった気がしました。

それから、ある参加者の「舞台芸術公演の対象年齢を決めるには、観客の子どもたちの様子を見ることが大事。また、いっしょに観劇した教員や保護者の感想を聴くことも必要では」という発言から、フィードバックの方法について、話が広がりました。

私は、「日本では、学校での演劇鑑賞教室のあと、教員が子どもたちに、感想文や劇団への手紙を書かせて、それを劇団に送ることが多い。ただそこには、教員の検閲がはいる」

「そこで劇団によっては、公演のあとに、質疑応答など、アフタートークを設けるようになった。さらに進んで、劇づくりやリハーサルの現場に、子どもたちを招待して、いろいろ感想や意見を聞いて、劇を変えていったりする劇団も出てきている」と発言しました。

2日にわたっての話しあいは、興味深いものでした。これまでのアジア会議では、自己紹介と自分の国の児童青少年演劇の状況を話しただけで、終わってしまうことが多かったので、話しあいのテーマを選んだのは、よかったと思います。

ただ、「自己紹介は、最初に、時間を決めてするべきだったのでは」、「公用語は、英語に限定したほうがよかったのでは」とは思いました。

次回のアジア会議の開催には、タジキスタンとキルギスタンの代表が、「検討したい」と発言しました。2020年の東京でのアシテジ世界大会のあと、2021年の開催になりそうです。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議⑤-話しあい(その2)

また、「観客の子どもたちの発達課題にあわせた舞台芸術の制作は必要だろう」という点では、一致しました。

ただ、「実際には、劇団、教員、保護者の都合にあわせた、対象年齢の指定がおこなわれている」という、意見も共有されました。

「劇団は、1つの公演で、たくさんの観客を集めたいから、どうしても対象年齢を広げる」、「教員も、たとえば初等学校の低学年、高学年と分かれた公演よりも、全校生徒が一度に見られる公演を選びがち」

「道徳的主題をもった作品を好む教員も多い」、「保護者は、自分も楽しめるような、娯楽作やミュージカルを選ぶことが多い」ということでした。

私は、「日本の児童青少年演劇の公演の7割以上は、学校公演。公的な補助はほとんどなく、子どもの数も減少している。そのため、たとえば初等学校では、ある程度の無理を承知で、1-6年生がいっしょに楽しめるレパートリーでのぞむことが多い」と、発言しました。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議④-話しあい(その1)

1日目(タシケント到着日)の夜は、アシテジ・アジア会議の開会式と観劇がありました。

2日目は、テレビ局など、メディアを招いてのインタビューがあり、それから話しあいが始まりました。

参加者は、15か国から、22人。日本、韓国、中国、インドといった常連にくわえて、アシテジの事務局長。それから、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ジョージア、イスラエル、カザフスタン、キルギスタン、パキスタン、ロシア、タジキスタン、モンゴル。

話しあいの公用語は、英語とロシア語でした。2つの公用語を使える参加者は少なく、通訳をはさんでの話しあいとなりました。

話しあいのテーマは、「児童青少年舞台芸術公演における、観客の対象年齢を決めるさいの基準の開発」。英語話者とロシア語話者の2つのグループに分かれて話しあい、次に全体で話しあいました。

それぞれの国で、対象年齢は、すこし異なるのですが、「未就学児童、初等学校生徒、中等学校生徒」の3つのレベルに分けている国が多かったです。

私は、「0-3歳の乳児と、4-6歳の幼児は、かなり異なる。日本では最近、ベイビードラマが制作されるようになったが、0-3歳の乳児と保護者に限定していることが多い」と、発言しました。

ウズベキスタンでのアシテジ・アジア会議③-移動とタシケントの町とホテル

冬季、日本からタシケントへの直行便はありません。調べたら、韓国のソウルでの乗り換えが、便利で安いようです。ただ、早朝に発つ便や、深夜に着く便をのぞいたら、それなりの料金になりました。

行きは、大韓航空で、成田空港からソウルの仁川空港まで、3時間。待ち時間が長かったので、空港近くのビジネスホテルに1泊しました。(夕食に、レバ刺しやユッケを食べようか迷ったのですが、お腹をこわすといけないので、我慢しました)。

ソウルの仁川空港からタシケント空港までは、7時間。ただ、積雪のため、2時間、遅れました。空港で、英語と日本語のできる通訳に出迎えてもらい、車でホテルへ。

タシケントは、ソウルより、暖かかったです。車窓から見る街並みは、建設中の高層ビルと、旧ソ連時代に建てられたらしい低層ビルと、独特のデザインのイスラム教のモスクと、ミックスしたかんじでした。

滞在した、ホテル・ウズベキスタンは、4つ星で、部屋は広かったです。カフェやバーもあり、飲み物も買えました。ただ夜間、部屋でWi-Fiがつながらず、困りました。また、部屋にティッシュペーパーがないのには、驚きました。