「コドモノミライ-現代演劇とこどもたち」展

かなり前ですが、昨年の12月24日は、早稲田大学の歴史館で、「人形劇やばい!」展、演劇博物館で、「コドモノミライ-現代演劇とこどもたち」展を、見てきました。(どちらも、飛田勘文君が、キュレートしています)。

前者の展示が最終日、後者の展示が最終日前日だったせいか、平日の夕方にもかかわらず、そこそこ混んでいました。

「人形劇やばい!」展は、ひと部屋の展示。人形劇というと、NHKテレビの「チロリン村とくるみの木」とか、「ひょっこりひょうたん島」など、子ども向けのものが、思い浮かびます。

ただ、その他にも、ダーク座の骸骨の人形、人形劇団プークの姉が弟の腹を包丁で切り裂くといったグロテスクな大人向けの人形劇など、あったということ。あまり期待していなかったのですが、学びがありました。

「コドモノミライ-現代演劇とこどもたち」展は、題名から、「現代演劇のなかで、こどもたちがどう描かれているか」に焦点があるのかなあと思っていたのですが、いい意味で裏切られました。

1階と2階の展示室では、子どもたちをテーマとした大人向けの演劇だけでなく、子どもたちのための、あるいは子どもたちによる演劇についても、スペースが割かれていました。児童青少年演劇、演劇教育のコーナーもありました。

キュレーターの飛田君の、これまでのさまざまな出会いや学びが辿れるようで、とても興味深かったです。楽しみました。

それにしても、ブログとメールで確認したら、じつに2年5か月ぶりの展覧会の鑑賞でした。もっと頻繁に、心の栄養をとる機会をつくらなくてはなりません。

「合唱de歓喜」 演奏会 『第九』

かなり前ですが、昨年の12月22日は、東京・秋川キララホールに、「合唱de歓喜」の演奏会、『第九』を聴きにいきました。

「合唱de歓喜」合唱団は、2012年の結成。小学生から80代までの幅広い年齢層からなる合唱団です。演奏会は、8回目ということ。(高校3年の時のクラスメートと、その息子さんが、この合唱団にはいっています)。

私は、一昨年に続いて、2回目の鑑賞です。今回は、同じく高校3年の時のクラスメートと、聴きにいきました。秋川のコメダ珈琲で、シロノワールとコーヒーの昼食をとり、会場へ。

自由席だったので、開演の30分前にいったのですが、正解でした。よい席が取れました。

第1部は、「崇高なるヘンデル」。(第1部のプログラムは、毎年、変わるそうです)。「シバの女王の到着」「私を泣かせてください」「ハレルヤ」は、どこかで聞き覚えのある曲でした。

第2部は、「ピアノ2台によるリスト版 ベートーヴェン『第九』(合唱付)全楽章」。(スタインウェイ社のフルコンサートピアノが2台あるホールでした)。

今回、聴いていて思ったのは、「指揮者やソリスト、合唱団も大変だが、ピアニストは、もっと大変かもしれない」ということ。休憩なしで、ずっと弾き続けるわけですから。

また今回も、村越大春という芸術監督・指揮者が、ユーモアをまじえて解説もしてくれ、ありがたかったです。(私はもう、ファンです)。

クラスメートは、いつものように、すこしからだを揺らしながら、力強く歌っていました。

息子さんは、「今年で、大学卒業・就職の予定。来年からは、まだどうなるかわからない」ということ。「第2部の参加だけでも、続けられるといいのになあ」と思ったりします。

あたたかい気持ちになる、素敵なクリスマスのイベントでした。(スケジュール帳に、今年の演奏会の予定も書きこみました)。年末に、恒例の行事があるというのは、いいものです。

「言語教育研究会」 第29回研究会

かなり前ですが、昨年の12月21日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第29回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は8人。新しい参加者は、イギリスのエセックス大学や都立大学の大学院で、社会学を学んだ方でした。首藤先生の奥様の同僚とか。

最初に、自己紹介。次に、休憩をはさみながら、テキストの28-29ページを読みました。「教えるという視点」についてでした。いくつか引用すると、

「ホールランゲージの教師は、自分たちをプロフェッショナルだと思っている」「プロとしての能力と知識を、使う余地が与えられることを期待している」

「ホールランゲージの教師は、基礎読本、ワークブック、系統学習などを、受けいれない。そのかわりに、テーマ単元で、児童文学作品を使ったりする」「到達目標のあるプログラムとも、相容れない」

「ホールランゲ―ジの教師は、子どもたちと自分のプロ意識のために、ある教材やプログラムを、拒否する権利と義務をもっている」ということです。

首藤先生いはく、「教科書を利用して、縛られないというのが、処世術」「ドイツの教師は、6割しか、教科書を使わない」「E-learning は、ホールランゲージと真逆かもしれない」とのことでした。

また、「ラーメンを、1本1本食べても、おいしくない。ズルズルとすするのが、おいしい」という言葉も、印象に残っています。

最後の感想と質疑の共有では、私が麹町中学校の実践について、みなさんの感想を訊きました。「定期テストの廃止もいいが、単元テストの準備は大変だろう」「複数の担任制もいいが、内申書や所見は、誰が書くのか」といった意見が出されました。

その他、大村はまの実践(首藤先生いはく、「大村は、先に全部用意している。芦田恵之助やグッドマンは、後追い」)、図書館での経験(いろいろな人がくる。学校の教員は、結構まともで、もっと尊敬されてもいいのでは)などの共有もありました。

楽しい学びの時間でした。

『まんがで知る未来への学び-これからの社会をつくる学習者たち』

かなり前ですが、前田康裕の『まんがで知る未来への学び-これからの社会をつくる学習者たち』(2019年、さくら社)を読みました。

著者の『まんがで知る 教師の学び-これからの学校教育を担うために』『まんがで知る 教師の学び2-アクティブ・ラーニングとは何か』まんがで知る教師の学び3-学校と社会の幸福論が、わりと面白かったので、購入しておいたものです。

著者は、熊本大学教育学部美術科卒業。岐阜大学教育学部大学院教育学研究科修了。公立小中学校教諭、熊本大学教育学部附属小学校教諭、熊本市教育センター指導主事、熊本市立向山小学校教頭を経て、2017年4月より熊本大学教職大学院准教授。経済産業省「未来の教室」実証事業教育コーチ。

「新シリーズスタート! 教育書の枠を超え、未来に向かって生きる全ての日本人が少なからず抱く問題意識をあらためて掘り起こし、投げかけます。いまこの国で行われつつある「教育改革」が目指すものとは何か? 」

「受験と部活動に明け暮れる中学校と時代に取り残される地域社会。働き方も生き方も新たな局面を迎えたいま、学校と社会全体が向かうべき方向とは」というテーマ。

「教職大学院の院生、森炎くんが、とある中学校へ研究のためにやってきました。そこは、このままでは20年後に人口がピーク時と比べ2割まで減少してしまうと予想される町にあり、先生方は連日夜遅くまで働いています。何かを変えなくてはいけない。でも何を目指して、どんな事をすればよいのか?」というストーリーです。

ずいぶん前に読んだので、詳しい内容は忘れてしまいましたが、まあまあ面白かったです。「学びと学校と社会」というテーマも興味深かったし、それをマンガとエッセイで描くという試みもいいと思います。

『年収1億円になる人の習慣』

かなり前ですが、山下誠司の『年収1億円になる人の習慣』(2018年、ダイヤモンド社)を、読みました。書店のビジネス書の棚に、平積みになっていて、興味をもっていました。今回は、ブックオフのポイントを使って、購入。

著者は、1976年、静岡県生まれ。高校卒業後に上京し、19歳で年収180万円から美容師を始め、31歳で年収1億円を超える。19歳から23歳まで、ほぼ休みなく仕事をし、24歳から39歳までは、始発から終電まで365日、15年間、1日たりとも休みなく仕事。

現在は、日本最大級の240店舗を展開する美容室「EARTH(アース)」を運営する、(株)アースホールディングス取締役。うち70店舗をフランチャイズ展開する、(株)サンクチュアリ代表取締役も兼任。愛車は、フェラーリ488スパイダー。趣味は「仕事」ということです。

「誰でもできるけれど、誰もやっていない「年収1億円の習慣」を、あなたが身につけさえすれば、年収1億円は、実現可能なのです」、「毎日、行う「習慣」だからこそ、その差は、とてつもなく大きいのです」ということでした。

読みはじめたのは、昨年5月。すこしずつ読んでいって、3か月かかりました。ただ、新しい学びや気づきは、あまりありませんでした。

著者が、成功者から積極的に学んできたことは、わかります。日々、仕事の改善に取り組んできたことも、わかります。ただ、美容師や美容室の経営という分野のせいか、私の研究や勉強に応用できるものは、すくなかったです。

また、レビューにもありましたが、「美容師としてのお客への献身」とか、「お金がはいってからの社会への貢献」といったものが、まったく書かれていないのも、気になりました。

いくつか、共感できた習慣を書いておきます。「会議・講義・勉強会では、最前列に座る」、「会社まで「30分以内」に通勤できる場所に住む」、「食事は「有名店よりも名店」、「あの人」がいるお店を選ぶ」

「毎日、体重計に乗るだけで、年収が上がりはじめる」、「お金の大切さを知っている人は、「お金がないみじめさ」を経験している人」、「「2ランク上の人」からのお誘いは、「もちろん行きます」以外言ってはいけない」。

まあ、私の場合、年収1億の実現はなさそうです。

『余命1ヶ月の花嫁』

かなり前ですが、アマゾン・プライムで、パソコンの画面で、無料の映画、『余命1ヶ月の花嫁』(2009年)を見ました。

入院していた叔父の看護をしていた期間(昨年の6月から9月)、唯一見た映画だと思います。疲れ切ったなかで、その題名に魅かれるようにして見ました。

テレビのニュース番組でとりあげられて、話題となり、映画になったことは知っていました。「売名行為、お金目当てでは」といった、中傷があったことも聞いていました。

イベントコンパニオンとして働く長島千恵は、ある展示会場で知り合った会社員・赤須太郎から交際を申し込まれた。乳がんと診断されていた千恵は、悩みながらも交際をスタートさせることに。

しかし数ヵ月後、自分の病気のこと、そして胸を切除しなければならないことを告白。太郎に別れを告げたまま、姿を消してしまう。

千恵を追って屋久島にたどり着いた太郎は、「俺は変わらない。一緒に頑張ろう」と彼女に伝える。その言葉に動かされ、千恵は再び太郎と生きていくことを決意するが・・・というストーリーです。

もう途中から、ぼろ泣きでした。とくに、友人たちがサプライズで、結婚式を挙げるシーンは、涙が止まりませんでした。

映画や小説で、これだけ泣いたのは、『世界の中心で、愛をさけぶ』、『いま、会いにゆきます』、『君の膵臓をたべたい』以来かもしれません。主演の榮倉奈々、瑛太は、よかったです。

人間は、ときに砂漠で水をもとめるように、映画や小説や演劇を欲するのかもしれません。

『定年ラジオ』

かなり前ですが、上柳昌彦の『定年ラジオ』(2018年、三才ブックス)を読みました。昨年の6月、叔父の入院手続きの待ち時間などに、まとめて読んだ気がします。

私は、ラジオのニッポン放送のヘビーリスナーです。なかでも、高嶋秀武、上柳昌彦の落ち着いた語り口が好きで、2人が朝の情報番組をやっていた頃は、ラジオレコーダーでタイマー録音をして、くり返し聞いていました。

ラジオ・チャリティー・ミュージックソンの電話受付ボランティアをしたときに、たまたま著者と隣りあわせになり、「いつも聞いています」と、挨拶をしたこともあります。

その上柳の初の自伝的エッセイということで、図書館で借り、期待して読みはじめました。

著者は、1957年生まれ。1981年ニッポン放送入社。『オールナイトニッポン』『FAN! FUN! TODAY』『テリーとうえちゃんのってけラジオ』『うえやなぎまさひこのサプライズ! 』『上柳昌彦のお早うGoodDay!』『上柳昌彦 ごごばん!』等、数多くの人気番組のパーソナリティーを担当。

現在は『上柳昌彦 あさぼらけ』『金曜ブラボー。』『笑福亭鶴瓶日曜日のそれ』に出演。2004年、第41回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。2017年、ニッポン放送を定年退職。退職後もアナウンサーを続けているということです。

高嶋秀武の『高嶋ひでたけの読むラジオ』とちがい、ラジオよもやま話というより、ひとりのサラリーマンとしての自伝でした。私の大学時代からの人生とあわせながら、楽しく読むことができました。

ちょっと意外だったのは、笑福亭鶴瓶から、強い影響を受けているということ。(ちなみに私は、鶴瓶のラジオやテレビの番組は、好きではありません。薬にも毒にもならない話ばかりなので)。

「言語教育研究会」 第28回研究会

かなり前ですが、10月26日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第28回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は10人。新しい参加者は、千葉市放課後子ども教室連絡協議会、千葉市学校教育審議会委員、轟町小学校学校評議員などをしている方でした。

前半は、自己紹介から。「学童保育で、ポケモン図鑑を、すらすら読む子どもに、びっくりした」とか、「不登校の子どもでも、好きな遊戯王デュエルモンスターズのカードゲームは、すらすら読む」といった体験談が、共有されました。

どういう流れだったかは忘れましたが、「マニュアルを読んで、ラブレターを書いても、生きた言葉にはならないでしょう」という、首藤先生の発言も記憶に残っています。

次に、テキストの28ページを読みました。「学習と言語に対する敬意と理解は、教育に対する敬意と理解に、合致する」ということです。なるほどと思いました。

休憩をはさんで、後半は、参加者の講談の披露、ミニセミナーからはじまりました。「落語は、聴いてもらう前提ができている。多くは、匿名の登場人物のセリフで進める」

「それに対して、講談は、聴いてもらうことから始める。多くは、歴史上の人物など、実在の人物や起こった事件を、心理描写もまじえて、面白おかしく伝える。ト書きも多い。お坊さんの説話が元」ということでした。

それから、すこしテキストを読みました。「ホールランゲージの教員は、自分たちをプロだと思っている。彼らは仕事を進めるうえで、常に知識の科学的根拠を参照する」ということです。

「ホールランゲージにおいては、言語や学習や子どもに対する、敬意や理解や愛情が、共通の理念としてあるようだ。それに科学が加わるのが、興味深い」と、思いました。

その他、感想と質疑の共有では、「職場の仕事をしない主任との関係で、悩んでいる」という発言もあり、先輩の参加者からの助言もありました。

楽しい学びの時間でした。

「言語教育研究会」 第27回研究会

ちょっと前ですが、8月31日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第27回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は8人。新しい参加者は、小学校の教員から、いまは図書館勤務をしている方でした。

最初の2時間は、テキストの28ページを読みました。「読み書きは、ダイナミックで、建設的な過程である。読み手は、書き手のテキストを理解するために、自分の知識や価値や経験をくわえていく」ということです。

首藤先生いはく、「たとえば、『牛』という言葉から、多くの人は、白と黒のまだらの牛をイメージするけれど、黒い牛や赤い牛をイメージする人もいる」ということでした。

「読みは、推論と再創造。頭の中で、映画をつくるようなものかもしれない。脚本が同じでも、監督によって、映画は変わってくるでしょう」。なるほどと思いました。

また、「テキストは、本物でなくてはならない。語彙表やフォニックスの順序にあうように、作りあげるべきではない」とありました。

首藤先生いはく、「日本の学校の英語指導助手に、フォニックスを教える人もいるけれど、あれはよくないね」ということでした。

次の2時間は、お団子や京都のお土産の八つ橋を食べながら、自己紹介と近況報告、質疑応答でした。

「学校の国語の授業を変えるには、学力テスト、高校や大学の入学試験を変えるしかないのでは」という問題提起がありました。

首藤先生いはく、「国語のテストや入試は、なくていいと思う。国語は、内容教科でなく、実技科だからね」ということでした。

その他、探求する(調べる)ことについて、書写の授業の臨書の是非についての説明もありました。首藤先生いはく、「探求すると、時間がかかるけれど、新たな気づきもある」、「臨書は、基本的に反対」ということでした。

楽しい学びの時間でした。

「演劇鑑賞教育を考える会」(先生方と劇団の交流会 Vol.15)

7月28日(火)は、新宿のこくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(旧名称 全労済ホール) で、劇団風の子の『スクラム☆ガッシン 準備完了! 第2号計画’』を見たあと、ロビーで、「演劇鑑賞教育を考える会」(先生方と劇団の交流会 Vol.15)がありました。

主催は、日本児童青少年演劇協会、日本演劇教育連盟、日本児童・青少年演劇劇団協同組合(首都圏演劇鑑賞教室委員会)。学校の教員、児童青少年演劇劇団の関係者が、同じ演劇作品を鑑賞し、そのあと、情報や意見を交換しあうというものです。

私は、3回目の参加でした。参加者は、20人くらい。教員と劇団関係者の割合は、ほぼ5:5。長さは、2時間の会でした。

今回は、最初の自己紹介で、劇を見ての感想を話し、問題提起をしました。

「今日の劇は、とくに学芸会を控えた小学校の演劇鑑賞教室としては、最適かもしれない」

「演劇鑑賞教室は、学校の教育課程とは別に、芸術性の高いものを提供する場合と、学校の教育課程に合わせたテーマや内容のものを提供する場合がある。今回の劇は、その中間に位置していたのではないか」

「どちらがいいとは一概に言えないが、検討すべきテーマであるとは思う」

ただ、話しあいは、「学校の教員、児童青少年演劇劇団の関係者のつながりを、どう確保するべきか」というテーマで、進みました。

そのなかで、「劇団風の子がやっている、鑑賞教室とあわせての学芸会指導」は、新しい可能性をもっているのではないかと思いました。プロの助言がはいると、子どもたちの劇が大きく変わることもあるそうです。