「言語教育研究会」 第36回研究会

投稿者: | 2021年12月5日

かなり前ですが、10月24日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第36回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

ZOOM での開催。参加者は8人。新しい参加者は、千葉県教育委員会指導主事(元・小学校の教頭)の方でした。

最初に、自己紹介と近況報告。首藤先生は、「絵本やカードの出版、いろいろな研究会や勉強会の再開があった」ということでした。

次に、テキストの32ページを読みました。「ホール・ランゲージの教室のすばらしい構成は、通常の観察者(casual observer)には、いつもわかりやすいとは限らない。子どもたちと教師は、何をするか、いつ、どのようにするか、どんな学習材が必要か、それはどのように手にはいるか、誰がどこにいくか、いっしょに計画する」

「ホール・ランゲージの教師は、きちんと責任をとるが、訪問者が、その教師が教室のいろいろな場所で、いろいろな活動をしていることに気づくまで、すこし時間がかかるかもしれない」ということでした。

首藤先生いはく、「これは、同時異学習。この実践のためには、骨太の枠組み(長期計画)と細部の明確さ(短期計画)、そして秩序感が必要」。

ふり返りでは、「中学校2年生を対象に、枕草子や徒然草などの一部を、脚本か絵コンテにする」という古文の授業実践が共有されました。「翻作の一環」ということでした。

それから、「通常の観察者とは、どのような人か。教育実習生、新卒の教師か」という質問から、「このような観察者に、指導や課題を与えるべきか」という話しあいもありました。「千葉大学にも、実習生用のマニュアルはある」、「授業批評は、よくない」といった発言がありました。

さらに、テキストには、「いくつかの教室は、他よりも、ホール・ランゲージの教室のさまざまな活動をおこなうのに、物理的に適している。ただ大事なのは、言語や学習や教育や教育課程の見方で、物理的環境は、二の次である」とありました。

カナダの中等学校では、ほとんどのところで、演劇の授業用のスタジオがあったのに、初等学校では、体育館や図書室で、演劇の授業をしていたことを思い出しました。もちろん、物理的環境がよいに越したことはありませんが、最後は情熱かもしれません。

楽しい学びの時間でした。