「言語教育研究会」 第25回研究会

投稿者: | 2019年4月13日

1週間前、4月6日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第25回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。

参加者は8人。新しい参加者は、指導主事の先生でした。

前半は、『月刊 国語教育研究』の564号に掲載された、首藤先生の論文、「通じる喜びが言葉の育ちを支える-幼児期の学びは遊び単元で-」について、質疑応答、話しあいがもたれました。

「遊び単元」というのは、首藤先生のオリジナルだそうです。

「幼児教育では、「単元学習」という言葉に、違和感をもつ人が多い。大村はまたちが、「教える」とか「学習目標」とか「単元目標」という言葉を、出してしまった」

「幼児教育では、「遊びや生活をとおしての学び」、「子どもから自然に出てくるもの」を大切にする人が、多い。ただ、「遊びのひとまとまり」と考えれば、単元学習を幼児教育に活用する道が見えてくる」ということでした。

ちなみに、幼児教育では、「学習指導案」とか「学習目標」という言葉よりも、「活動案」といった言葉が、よく使われるそうです。

また、「子供」と「子ども」の使い分けについての質問も出ました。「自由学園の創始者の羽仁もと子が、「子ども」に変えようと提唱したが、その後の文部科学省の決定では、「子供」にすることになった」そうです。

後半は、テキストの26-27ページを読みました。マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』の序文を引用。

「ホールランゲージの教師は、ある言語や方言や登録語を、除外することはしない」「それぞれの言語のもつ社会的な価値、それを使う話者への影響は認識しているが、それらを適切に視野にいれる」ということでした。

「ホールランゲージの教師は、科学的な視点(言語学や心理学など)を尊重すると同時に、人間的な視点(子どもやすべての言語へのリスペクトと愛情)を大事にしているんだなあ」と思いました。

最後のふり返りでは、首藤先生のヒサジイ学室、「学ばせない」「働きかけない」という実践の紹介もありました。「馬を川まで連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」ということでした。

楽しい学びの時間でした。