「言語教育研究会」 第11回研究会

投稿者: | 2016年11月24日

11月20日は、「言語教育研究会(ケネス・グッドマン原書講読会)」の第11回研究会がありました。千葉大学名誉教授の首藤久義先生を囲んで、Kenneth Goodman の『What’s Whole in Whole Language?』を読んでいく研究会です。参加者は10人。

はじめて参加された方が、2人。お茶の水女子大学の大学院で研究されている方と、ちいさな小学校の校長先生でした。

研究会の前半は、首藤先生が、第30回徳島県小学校国語教壇研修大会の講演の資料として配布した、『師弟共育の国語教育論-芦田惠之助の根本に学ぶ-』について、アクティブ・ラーニングと関連付けながら、説明してくれました。

「アクティブ・ラーニングと騒ぐずっと以前から、芦田は、『発動的学習』という言葉を使って、その大切さを説き、また実践していた」ということでした。

個人的には、「教師中心主義から、児童中心主義へ」、「児童中心主義から、師弟共育へ」という、芦田の実践哲学の変遷が、興味深かったです。

また、「アクティブ・ラーニングということで、グループワーク、話しあいといった、形式からはいるのではなく、精神的にアクティブであることが大事ではないか」という言葉も、印象的でした。

研究会の後半は、テキストの17-18ページを読みました。「言語の発達においては、形式は機能のあとについてくる」という、文章からはじまりました。「子どもたちの学校での言語の使用が実の場におけるものならば、彼らは必要とする言語の形式をコントロールすることを、難しいとは思わないだろう」ということです。

なるほどと思いました。「必要に迫られて、言語を使い、いろいろ試行錯誤することが、その発達を助ける」ということのようです。

このほか、日本の小学校の「道徳」の必修化に関連して、ドイツの小学校の「宗教」という必修科目についても、紹介してもらいました。首藤先生の見学した授業では、「人生とは何か、生きるとは何か」ということが、テーマだったそうです。「道徳でも、やり方が大事」ということでした。

最後の感想の共有ですが、参加者から首藤先生への人生相談のようなかんじでした。研究会にでることで、自分の実践や研究をふり返り、また先生から助言や気づきを得られるのは、ありがたいなあと思います。